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教育について

Memo

こちらも先日取り上げたから本(こんな日本でよかったね─構造主義的日本論 (木星叢書))の引用です。

だが、本来の教育の目的は勉強すること自体が快楽であること、知識や技能を身につけること自体が快楽であること、自身の潜在能力が開花すること自体が快楽であることを子どもたちに実感させることである。
「いわゆる目標」なるものは、そのような本源的快楽を上積みするための「スパイス」にすぎない。
教師の仕事はだから「機嫌良く仕事をすること」に尽くされると私は思っている。

もし、子どもたちに学びを動機づけたいと望むのなら、教師自身が学ぶことへの動機を活性的な状態に維持していなければならない。
教師自身がつねにいきいきと好奇心にあふれ、さまざまな謎に惹きつけられ、絶えず仮説の提示と反証事例によるその書き換えに熱中していること。
それが教育を成立させるための条件である。

たしかにその通りだと思います。特に大学の教師に当てはまると思います。
ただ教科書に書いてあることをわかりやすく教えるのならば、教授である必然性はありません。ただ研究や学問のおもしろさを教えたり、研究している姿を見せることで、学生の意欲を駆り立てることが大事だと思います。


わたしは大学で物理学を専攻していたので、なおさらそう思うのですが、最初わけのわからない量子力学とかを勉強して何になるんだと思ったものでした。
大学の研究室の先生は自分の研究内容のすばらしさを我々学生に熱く語ってくれたり、自分で直接研究していたので、なんか面白いことをしているのかなと思うようになりました。そう思うようになると、少しずつ自主的に勉強なり研究するようになるわけで、学部の時に習った事柄がこういう風に役に立つのかを実感を伴って理解したり、勉強不足だと実感するようになったなあと思いました。