納棺夫日記

納棺夫日記 (文春文庫)

納棺夫日記 (文春文庫)


映画『おくりびと』の原作になったとされている本です。
前半は主に納棺夫での体験談をベースにした話が綴られていますが、後半になると死や宗教に関する記述が多くなります。
前半では著者自身の体験が客観的に描写されていたのが印象に残りました。また風景の描写がきれいだなと思いました。
また自分の職業に対して真摯に向き合っていることが記述されている箇所がありましたが、それは如何なる職業にいえることだと思いました。自分の仕事に対して誇りを持てるようになりたいなと改めて思いました。

自分の職業を卑下し、携わっていることに劣等感を抱きながら、金だけにこだわる姿勢からは、職業の社会的地位など望むべきもない。それでいて、社会から白い目で見られることを社会の所為にし、社会を恨んだりしている。
己の携わっている仕事の本質から目をそらして、その仕事が成ったり、人から信頼される職業と成るはずがない。
嫌な仕事だが金になるから、という発想が原点であるかぎり、どのような仕事であれ世間から軽蔑され続けるであろう。


後半の死生観、宗教観については難しいなと思う事がいくつかありましたが、以下の記載内容についてはとても共感できました。
意識もないのに延命処置を受けている患者さんを見ると、なんかやるせない気持ちになります。だからといって患者さんの意見がきけないから医療機関も治療をやめられないので単純な問題でないので難しいとは思います。

それどころか今日の医療機関は生死について考える余裕さえ与えない。
周りを取り巻いているのは、生命維持装置であり、延命思想の医師団であり、生に執着する親族たちである。
死に直面した患者にとって、冷たい機器の中で一人ぽっちで死と対峙するようにセットされる。しかし、結局は死について思うことも、誰かにアドバイスを受けることもなく、死を迎えることとなる。
誰かに相談しようと思っても、返ってくる言葉は「がんばって」の繰り返しである。
<略>
癌の末期患者に関するシンポジウムかなにかだったと思うが、国立がんセンターのH教授が発言した言葉だけを覚えている。
ある末期患者が「がんばって」と言われる度に苦痛の表情をしているのに気づき、痛み止めの注射をした後「私も後から旅立ちますから」と言ったら、その患者は初めてにっこり笑って、その後顔相まで変わったという話であった。
<略>
<生命を救う>という絶対的な大義名分に支えられた<生>の思想が、現代医学を我がもの顔ではびこらせ、過去に人間が最も大切にしていたものを、その死の瞬間においてさえ奪ってゆこうとする。