原発社会からの離脱


社会学者の宮台さんと自然エネルギー研究の第一人者である飯田さんの対談です。
どうして原発依存体制を続けたのか、その内情に関する対談は興味深かったです。詳細は本文を読んでいただければわかると思います。
個人的に関心が高かった箇所の引用を紹介します。

  • Responsibilityについて

もともと根拠を突き詰める文化ではない。(略)知的好奇心が欠けているのかなと思います。単なるおもしろがりの好奇心ではなくて、使命感をもって「これが自分のミッションだ」と腹に落として実行する。そういうレスポンジビリティが欠けていて、与えられた仕事しか持っていない。
(略)そういう、一人一人の個人が自分の仕事に対して「生きた責任感をもっていない」というのが、いろいろなところに見られる。

SPEEDIや避難距離など官邸の担当者に対する批判の文脈で語られています。これは他人の安全/生命を預かるような職種だけでなく、あらゆる業務で求められると思います。

原子力を研究している側は善意で事業を進めるのですが、みんなに共通しているのは「上から目線」なんですよ。
原発があるところを実際に歩いてみるとわかるのですが、地域がまっぷたつに割れている。小さい女の子が転んでも、「あの子は反対派の家の子だから、ほっとけ」ということが、地域に起きている。それは非常にやるせないことで、そういうことを起こさざるを得ない原子力の構図がある。これは、ほかのエネルギー開発でも起こりうることですけれど。

原子力は住民のつながりを分断してしまうくらい複雑な問題だと改めて思い知らされます。現にフクシマでも同様の事態が起きているようですし…。

  • 原子力と独占政策

まさに2000年の電力自由化論争で問われたのですが、原子力とは巨大な設備投資をして長期的にコストを回収するうえ、しかも安定的に電気を消費してもらわなければならない。自由化のような市場をつくると困る。しかも核のゴミを処分していかなければならない。だから、独占市場がないと、この大切な原子力産業を育てられない。これが独占と原子力を結びつけたのだと思いますね。
電力会社が自分たちの権益を温存するべく、自由化に歯止めをかけるもっともらしい口実、つまり「原子力発電に傾斜をすれば、投資コストを回収するため、あるいは原子力発電を安定的に運用するため、独占を維持するしかない」という口実を利用できるわけです。原子力政策自体が重要なのではなくて、原子力政策によって独占政策を正当化することが重要だったようですね。

電力自由化や発電/送電分離なぢが今まで語られなかった大きな要因の1つだと思いました。
今回の件をきっかけに変わることを期待していましたが、大飯原発に関する一連の流れを見ると、従来の勢力が粘っているようです。