春を恨んだりはしない

少し前にチェルノブイリ事故の被害者たちのインタビュー集を読んだばかりですが、こちらは作家の池澤夏樹さんが3.11の東北大震災に関したエッセイを集めた本です。筆者が震災直後や半年後に訪れた時のことも書かれています。
作家さんのエッセーですから、客観的な事実を記録したものでなく、震災の被害を目にして筆者が感じたことが書かれています。もともと池澤さんのエッセイは観念的で、私はそういうのが好きなので個人的には良かったです。特に序盤の章を面白く拝読しました。

自然には現在しかない。事象は今という瞬間にしか属さない。だから結果に対して無関心なのだ。人間はすべての過去を言葉の形で心の内に持ったまま今を生きる。記憶を保ってゆくのも想像力の働きではないか。過去の自分との会話ではないか。

春を恨んでもいいのだろう。自然を人間の方に力いっぱい引き寄せて、自然の中に人格か神格を認めて、話し掛けることができる相手として遇する。それが人間のやりかたであり、それによってこそ無情な(情というものが完全に欠落した)自然と対峙できるのだ。

また本書には被災地のモノクロ写真が数点掲載されていましたが、それらの写真を見ると当時の凄まじさが思い出されます。東北地方の住人でない自分にとっても、3.11 は特別な出来事だと思い知らされます。