村上春樹 雑文集

村上春樹 雑文集 (新潮文庫)

村上春樹 雑文集 (新潮文庫)

村上春樹さんの文庫に収録されていないエッセイやコラムを集めたものです。
音楽ネタから今年ノーベル文学賞を受賞したカズオイシグロ氏のことまで様々な話題について収録されています。
特に印象に残った箇所を引用します。

小説家とは

『小説家とは、多くを観察し、わずかしか判断を下さないことを生業とする人間です』
良き物語を作るために小説家がなすべきことは、ごく簡単に言ってしまえば、結論を用意するのではなく、仮説をただ丹念に積み重ねて行くことだ。(中略)どれくらい有効に正しく仮説を選びとり、どれくらい自然に巧みにそれを積み上げていけるか、それが小説家の力量になる。
(中略)我々小説家がどこまでも虚構にこだわるのは、多くの局面において、恐らくは虚構の中でしか、仮説を有効にコンパクトに積み上げることができないと知っているからだ。

卵と壁(エルサレム賞受章のあいさつ)

もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。

私が小説を書く理由は、煎じ詰めればただひとつです。個人の魂の尊厳を浮かび上がらせ、そこに光を当てるためです。我々の魂がシステムに搦め取られ、貶められることのないように、常にそこに光を当て、警鐘を鳴らすそれこそが物語の役目です。

社会に対する見解 ー混沌

正直なところ僕には、社会が劣悪化していると断言することはできない。社会は特に良くもならず、それほど悪くもならず、ただ混乱の様相を日々変化させているだけではないか、というのが僕の基本的な視点だ。乱暴な言い方をすれば、社会というのはもともと劣悪なものだ。でもどれほど劣悪であれ、我々はー少なくとも我々の圧倒的多数はーその中でなんとか生きのびていかなくてはならない。できることなら誠実に、正直に。重要な真実はむしろそこにある。
さらに突っ込んで言えば、そこにある外なる混沌は、他者として、障害として排斥すべきものはないかと、僕は考えている。

jazz pianist セロニアス・モンクの言葉

新しい音なんてどこにもない。鍵盤を見てみなさい。すべての音はそこに既に並んでいる。でも君がある音にしっかり意味をこめれば、それは違った響き方をする。君がやるべきことは、本当に意味をこめた音を拾い上げることだ