貧困の克服

貧困の克服 ―アジア発展の鍵は何か (集英社新書)

貧困の克服 ―アジア発展の鍵は何か (集英社新書)


アジア出身初のノーベル経済学賞を受賞したセン博士の講演集です。
セン博士の業績を本書の解説にあたる部分より引用します。

センは従来の厚生経済学が自明視していたリベラリズムの価値観のなかに、多数決すなわち全一致原理(パレード原理)と個人の自由の承認というまったく相容れない2つの原理があることを鋭く抉り出して見せてくれた(「センのリベラル・パラドックス」)。
このきわめて重大な「リベラル・パラドックス」の解決策として提示したのは、「他人の権利を考慮して他人のために行動する」ということだ。つまり、人は自己の権利を主張する前に、まず他人にどのような権利が与えられているかを考えなくてはならないというものだ。


本書には4編の講演が掲載されていますが、経済発展と貧困の関係について述べた『危機を越えて』が印象に残りました。貧困問題は日本でも無縁ではないので個人的には勉強になりました。

われわれは特に、(1)非民主的なガヴァナンス(統治)による政治的不平等と、(2)飢饉そして急激に増大する経済的格差によって生じる、権利の不平等な剥奪との関係に注目しなければなりません。
全体的な食糧供給の大幅な減少がなくても飢饉は起こりうるという事実は、飢饉の発生においては経済的不平等が果たす役割を明らかにしてくれます。なぜなら、たとえば突然の大量解雇など、市場機能の急激な低下によって新たに生じた不平等のおかげで、ある社会集団に属する人々だけが飢饉に見舞われることもありうるわけです。このように飢饉とは社会分裂を生じさせる現象なのです。

経済が急成長している最中はさまざまな社会集団がすべて同時に利益の恩恵を享受しています。この意味で、さまざまな社会集団が得られる利益は実質的に一致しています。
それでも、経済危機が発生した時に、どの社会集団に属するかによって、境遇にかなり激しい格差が生じるのです。社会は、経済が上昇気流に乗り続けている時には連帯していても、加工時には、分裂しながら落ちてゆきます。経済情勢が破綻をきたして転落する時には、ニセモノの社会的調和の感覚は引き裂かれてバラバラになる可能性があります。
たとえ上昇期には社会が調和的であっても、下降期に分裂が生じるということも、危機の研究から学ぶべき大事な教訓のひとつです。