逆システム学

逆システム学―市場と生命のしくみを解き明かす (岩波新書)

逆システム学―市場と生命のしくみを解き明かす (岩波新書)


経済学者の金子さんと生物学者の児玉さんがそれぞれの学問の主流である新古典派経済学や遺伝子決定論に代わるアプローチとして逆システム学という手法が有効ではないかと提唱しています。逆システム学の定義を本書より引用します。

生命のシステムの複雑さは、蛋白が物質代謝を制御するとともに、同時に遺伝子も制御していることによる。この制御系は1つの制御蛋白が1個の遺伝子を制御するのではなく、数多くの蛋白が、たくさんの遺伝子を制御しているのである。しかも、生物の制御のしくみが不変ではなく動的に進化しているのだ。そこで制御系全体は膨大な情報で制御され、不可知の領域を含む。しかし、遺伝子全体の活性化の様子などを系統的に解析すると、どの制御系が働いているかは比較的簡単に推測できるのである。
このように調節制御と、その重なりを解析していく実験手法を逆システム学という。いわば観察不可能な複雑な対象に、モデルやシミュレーションをするのではなく、なんらかの介入をし、それを経時的に「いつ」、場所特定的に「どこで」に注目しながら観察していくのである。そおこから、実際に重要な役割をはたしている制御系を明らかにしていく。全体はわからないかもしれないが、どのような治療法が有効かの予測の制度を大きく上げていける。

要は多重フィードバックがシステムの本質ではないかということです。


個人的にはこの考えの背景にあるゲノム関係のお話が始めて知ることが多かったので面白かったです。

人間のゲノム解読と前後してハエ、ネズミなどさまざまな生物のゲノム解読が終了し、我われははじめて生物の情報の全体像を手に入れることができた。しかし、ゲノム解読で明らかになったのはDNAの配列であり、これだけだは生命の原理の解明にはほど遠く、ベンダーの予言とは裏腹に簡単にはお金にならない。

人間のゲノムでは蛋白の部分構造が書かれてる領域が全体の2%程度で、それがとびとびに存在している。残りの多くは、その蛋白の情報をいつ利用するかを決める調節制御にかかわる配列である。生物のDNAというのは、長い進化の間に切断されたり、またつながったり、さまざまな遺伝子組み換えが起こって変化していく。この組み換えが、蛋白の配列のところで起こると、蛋白の機能がおかしくなってしまうことが多い。だが、調節にかかわるところで組み換えが起これば、蛋白は作られる調節が変化することになる。(略)
生物が進化するにつれて遺伝子数はあまり変わらなくなる。ネズミと人間では遺伝子の数は変わらないが、人間ではこの調節制御の領域が増え複雑化し続けているのである。大腸菌ではほとんどのDNAが蛋白の情報を持っているのに対し、人間のDNAではそれが2%以下という大きな違いが生まれている。ネズミと人間の遺伝子では何がもっとも違うかというと、「いつ」「どこで」こうした蛋白が使われるか、その調節制御がもっとも違っているのだと考えられる。

最後に遺伝子治療のあるべき姿について以下のように言及されていましたが、その通りだと思いました。

遺伝子治療で、今求められているのは夢のメタファーを膨らますことではなく、地道な現実的課題、遺伝子の調節制御を人工的にコントロールする技術を開発すること、遺伝子治療として行われるゲノム改変の与える影響を逆システム学的に明らかにしていくことであろう。