シンドラーとユダヤ人

最近NHK教育テレビで放送されたオスカー・シンドラーに関するドキュメント番組が面白かったので感想を書きます。


オスカー・シンドラー第二次世界大戦の時にナチス党員でありながら、1200人程度のユダヤ人たちを救ったとされる人物です。もともと彼は実業家で、大戦特需を期待してポーランドにやってきたようです。ユダヤ人労働者を雇うことを条件にユダヤ人から資本を受けて、事業が成功しました。ナチスではユダヤ資本で商売することは禁止されていて、それが当局にばれたら処罰されるかもしれないというリスクを考えると、金儲けのためだけにそこまでできないと思いました。しかも彼はユダヤ人労働者に対して奴隷のように接することなく、紳士的に接していたり、アウシュビッツに護送された労働者を連れ戻したりするなど、ユダヤの人たちを差別せずに接していたことは当時としては考えられないことだと思いました。

私は葛藤に悩み、心理的な圧迫に曝されたあげく、自分の判断と感情、そして人間としての心と同情心だけを生かそうということに、最後に何とかたどり着くことができた。そんな私にとって唯一の目的を果たすために助けとなったのは、私のユダヤ人たちの存在だった。
(出典:オスカー・シンドラーの報告書)


シンドラーの戦後の生活は大変だったようです。多くのユダヤ人の命を救ったのだから、平穏な生活を送れたのかなと思っていたのですが、そんなことはなかったようです。
戦後間もなくは、ナチス党員だったことが災いして父親が拷問で殺されたり、事業に失敗したりしたようです。そして1962年にイスラエルから戦時の功績を表彰された(”正義の人”並木道に植樹できるという栄誉を与えられた)のですが、祖国のドイツでは労働者から殴られたり、セメント工場が倒産したり、大変だったようです。まだこの頃はドイツではユダヤ人に対する差別が根深く残っていたのかなと思ったりしました。
解放されたポーランドのユダヤ人たちも故郷に帰ることができず(家は破壊され、ユダヤ人の反逆におびえる住民の排斥運動が猛威を振るっていた)、イスラエルのような場所に惹かれるのも仕方がないのかなと思いました。絶滅収容所の生活から解放されたのだから、普通は歓迎するのかなと思うのですが、そんなことはなく残念に思いました。
生き残った方の『生き抜いたことが一体何だったのか、よくわからない』という言葉がぐさりと刺さりました。


そんな決して順風満帆といはいえなかったシンドラーとユダヤ人たちは交流を続け、互いに支え合っていたようです。異常な環境から始まった関係ですが、互いに支え合える関係が老後になるまで長く続くことは本当にすばらしいなと思いました。ただそのような関係を作ってしまった戦争というのは今後起きてほしくないと思いました。