21 Lessons

今週のお題にちなんで、最近読み切った本のレビューです。

こちらの本は2019年に刊行された当時から気になっていたのですが、昨年の夏に文庫版を購入しました。子供が生まれる前に半分以上読んでいたのですが、最近ようやく読み切りました。
500ページを超える分量ですが、ストーリー立てて書かれていることもあり、一旦集中できれば比較的スイスイ読み進めることができました。

トランプやプーチン等の台頭で自由主義が脅かされ、AIをはじめとした情報技術の進歩が雇用や平等といった価値観があやうくなり、宗教や移民などといった問題が状況を難しくしていると説いているのかなと理解しました。技術進歩に対する影響、懸念についても分析されている点はユニークかなと思いました。また「雇用」、「平等」などで章立てて書かれていますが、全体として連動して書かれていて、一連のお話として読めました。
筆者の主張で何が大事なのか?どのトピックに興味をもつかは人それぞれでよいと思います。ただ自分で様々なソースから情報を集めて、考えて行動するのが大事なのは間違いないと思います。



面白いと感じた個所の引用です。後半では”物語・虚構”について説かれていますが、なかなか興味深く読みました。

AIはパターンマッチングだと理解していますが、それが雇用を脅かす理由として筆者が以下のように分析している音が面白いと思いました。

食物から配偶者まで、私たちの選択はすべて、謎めいた自由意志ではなく、一瞬のうち確立を計算する何十億ものニューロンによってなされることが判明した。自慢の「人間の直感」も、実際には「パターン認識」にすぎなかったのだ。優れた運転者や銀行家や弁護士は、交通や投資や交渉についての魔法のような直感をもっているわけではなく、繰り返し現れるパターンを認識して、不注意な歩行者や支払い能力のない借り手や不正直な悪人を避けているだけだ。

  • テロとどう対峙すべきか

テロの成否は私たちにかかっている。もし私たちが自分の想像力をテロリストが捉えるのを許し、それから自分自身の恐怖心に過剰に反応すれば、テロは成功する。もし自分の想像力をテロリストから解放し、釣り合いの取れた、冷静な形で反応すれば、テロは失敗に終わる。

  • 教育について

多くの教育の専門家は、学校は方針を転換し、「四つのC」、すなわち、「critical thinking(批判的思考)」「communication(コミュニケーション)」「collaboration(協働)」「creativity(創造性)」を教えるべきだと主張している。より一般的に言うと、学校は専門的な技能に重点を置かず、汎用性のある生活技術を重視するべきだという。なかでも最も重要なのは、変化に対処し、新しいことを学び、馴染みのない状況下でも心の安定を保つ能力になるだろう。2050年の世界についていくためには、新しいアイデアや製品を考えつくだけでなく、何よりも自分自身を何度となく徹底的に作り直す必要がある。
なぜなら、変化のペースが速まるにつれ、経済ばかりでなく「人間的であること」の意味其のものさえもが変化しそうだからだ。

アルゴリズムが万事片づけてくれる。だが、自分という個人の存在や生命の将来に関して、多少の支配権を維持したければ、アルゴリズムよりも先回りし、アマゾンや政府よりも先回りし、彼らよりも前に自分自身を知っておかなければならない。先回りするときには、荷物をたくさん抱えていかないほうがいい。幻想はすべて置いていくにかぎる。ひどく重たいから。

  • 物語・虚構とは、それらにどう対峙するか?

人間が世界を支配しているのは、他のどんな動物よりもうまく協力できるからであり、人間がこれほどうまく協力できるのは、虚構を信じているからだ。

物語はどれもみな不完全だ。とはいえ、自分のために実用的なアイデンティティを構築し、人生に意味を与えるためには、盲点も内部矛盾もない完全な物語が本当に必要なわけではない。物語は二つの条件を満たしさえすれば、私の人生に意味を与えることができる。第一に、私に何らかの役割を与えること。(略)
第二に、優れた物語は無限の彼方まで続く必要はないが、私の地平の外まで続いていること。物語は、私を自分よりも何か大きなものの中に埋め込むことで、私にアイデンティティを提供し、私の人生に意味を与えてくれる。だが、そこにはいつも危険がある。(略)
人の心をつかむ物語はたいてい、結論を出さずじまいにしている。それらの物語は、意味が最終的にはどこから生まれてくるのかは、けっして説明する必要がない。なぜなら、人々の注意を惹きつけて「安全地帯」にとどめておくのがとても上手だからだ。

この旅のきわめて重要なステップは、「自己」は私たちの心の複雑なメカニズムが絶えず作り出し、アップデートし、書き直す、虚構の物語であると認めることだ。

もしこの世界や人生の意味や自分自身のアイデンティティについての真実を知りたければ、まず苦しみに注意を向け、それが何かを調べるのにかぎる。
その答えは物語ではない。